2013年07月27日

朝鮮戦争休戦60年

 産経新聞では、朝鮮戦争休戦の話題を取り上げている。北朝鮮も韓国も小国ならではの悩みと問題点を持っている。歴史的に朝鮮半島は、唐の時代から侵略を受け続けている。新羅(しらぎ)、百済(くだら)、高句麗(こうくり)の三国時代も三国が結束すればいいものを分裂を繰り返している。国民性なんだろうかね。その度に中国がでしゃばって状況をより複雑にしてきたんだ。

 ある意味朝鮮半島は北東アジアの爆薬庫みたいにも思えるね。北朝鮮や韓国国内じゃ戦勝とか記念日にするのは当然だよな。そうでないと国内をまとめられないでしょ。産経社説は「歴史の歪曲」なんていうけど今の北朝鮮や韓国にそんなこといっても聞く耳持たないでしょ。まずは記事を読んでみよう。

産経社説朝鮮戦争休戦60年「戦勝」とは歴史の歪曲だ

 27日は朝鮮戦争休戦から60年になる。ソウルと平壌ではそれぞれ記念行事が大々的に行われている。あの戦争は第二次世界大戦後のアジア情勢に大きな影響を与えた。結果としての南北分断固定と激しい南北対立は国際社会に大きな後遺症を残した。近年、国際社会を悩ませている北朝鮮の核問題もその一つとみていい。

 歴史をおさらいすれば、戦争は北朝鮮の金日成政権が中国、ソ連の支持の下、韓国を武力併合しようとして始まった。北朝鮮の突然の侵攻で韓国は南端まで攻め込まれた。米軍を中心に国連軍の参戦で反撃に転じ、今度は北朝鮮が中朝国境近くに追い詰められた。ここで中国軍が北朝鮮支援に乗り出し、100万の大軍を派兵し北朝鮮軍とともにソウルの南まで攻め込んだが、戦線は一進一退となり、60年前の7月27日、現在の南北境界線で休戦となった。

 ところで北朝鮮は「祖国解放戦争勝利60周年」としてしきりに「戦勝」を強調している。得意の巨大マスゲームなど記念イベントも「戦勝」一色だ。本当は韓国に対する武力統一(解放)に失敗し、さらに滅亡寸前になったところを中国に助けられたのに「勝利」といいつのっているのだ。こういうのを歴史歪曲(わいきょく)、歴史偽造というのではなかったか。韓国は北朝鮮と中国に「謝罪と反省」や「正しい歴史認識」をしっかりと要求してほしいものだ。

 韓国では米国など支援国に対する感謝の行事が行われている。ワシントンでもオバマ大統領が記念式典に出席するというが、韓国も60年前、敗北寸前のところを米国など国連軍に助けられたのだ。戦争の過程を振り返れば、米軍はじめ国連軍による反撃、巻き返しは、後方基地として日本があったため可能だったことが分かる。韓国では「朝鮮戦争の特需のおかげで日本経済は復興した」とよくいわれるが、それは結果論であって、まず「日本からの後方支援のおかげで国を守れた」と考えるのが客観的な歴史認識だろう。

 米国はこれをよく認識しているから有事対策として日本には集団的自衛権の発動を、韓国には日本との各種軍事協定締結を期待するが、韓国は対日感情という国内事情にこだわりこれらに反対している。韓国政府が60年前の経験をかみしめ対日関係を「戦略的発想」で考えることを求めたい。」
posted by すぐ落ちます at 10:03| 東京 ☁| Comment(0) | TrackBack(0) | 歴史 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2007年08月15日

終戦記念日

今日8月25日は62回目の終戦記念日だ。硫黄島の死闘、戦艦大和の轟沈、神風特攻隊、沖縄戦、ひめゆり学徒、数え切れないほどの悲劇、そして広島、長崎に投下された原子爆弾。昭和20年8月15日、日本は米国をはじめとする連合艦隊に降伏した。

朝日社説「広島と長崎にある原爆の資料館を訪れれば、目を覆いたくなるような悲惨な被害を目の当たりにします。沖縄には、地上戦の裏で繰り広げられた壮絶な体験を語るひめゆり部隊の生き残りのおばあさんたちがいます。それは、アジアの国々も同じです。中国や韓国には、日本の侵略や植民地統治、それに対する抵抗の歴史が刻まれた記念館などがたくさんあります。」
http://www.asahi.com/paper/editorial.html

読売社説「こうした経緯を考えれば、靖国神社が天皇参拝を復活させようと望むなら「A級戦犯」を分祀するしかあるまい。しかし、靖国神社が神道の教学上、どうしても分祀はできないということであれば、それも宗教法人としての固有の選択である。その選択に政府が関与することは、憲法の政教分離の原則に違反することにもなろう。ただ、そうした靖国のあり方は、新たな国立追悼施設の建立、あるいは千鳥ヶ淵戦没者墓苑の拡充などについての議論の広がりを避けがたいものにすることになるのではないか。」
http://www.yomiuri.co.jp/editorial/news/20070814ig90.htm

産経社説「62回目の終戦記念日である。あらためて思うのは、このように国の安泰や立派な日本人の明日を願って逝った戦死者たちに胸を張ることのできる日本であるのだろうかということだ。300万を超す尊い犠牲者たちを慰霊するとともに、あの破局的結末をもたらした歴史の重み、そして国を守ることの大切さをもう一度、考えるべき時なのではあるまいか。」
http://www.sankei.co.jp/ronsetsu/shucho/070815/shc070815000.htm

太平洋戦争は、白人によって侵略を受け植民地化されるアジアを日本が開放する聖戦でもあったんだ。少なくとも大義名分はそうだった。大東亜共栄圏を確立して西洋からの支配を排除するのが目的だった。でも現実には中国や韓国は侵略を受けたという立場を取り強く反発した。日本軍が行った戦争は開放ではなく統治だったからだ。そこにはアジア各国の意志は存在しなかった。

毎年取り立たされる靖国神社の問題。A級戦犯を合祀していることへの異論。日本が再び軍事力を持ち世界を脅かす可能性を、軍事力を増大させる中国や韓国は今でも恐れているという。だからこそ首相の靖国参拝に対し注目し非難する。歴史教科書の細部の表現にも目を凝らし、誤った教育をするのではないかとみているわけだ。

オイラは日本で生まれた。日本が好きだ。韓国人、英国人、中国人、米国人の友人がいる。彼らと太平洋戦争の話をするのが好きだ。タブー視するのではなく積極的に何が原因だったのか、何故そうなってしまったのかを常に真剣に討論するべきだと思っている。

国によって考え方は異なる。でもいかにうまく共存してゆくかを話し合うべきだ。オイラたちは現在を生きている。現在は互いに高め合う必要がある。過去の悲劇を忘れてはいけない。そこから学ぶことは多い。その上で世界が共存共栄するすべを蓄積してゆくことが死者への最大の供養なんじゃないかって思う。そうでなければ命を張って戦い死んでいった彼らは浮かばれない。
posted by すぐ落ちます at 12:40| 東京 ☀| Comment(0) | TrackBack(0) | 歴史 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2007年08月06日

原爆の日

今日は原爆の日。オイラは「はだしのゲン」でしか、その実態を知らない。卒業する前に広島の原爆記念館を訪れてみたいと思っている。過去とは言っても日本人として忘れてはいけない過去だ。蝉が鳴き暑い夏がやってきた。でもこの時期になるとお盆とともに、原爆の悲惨な記憶がよみがえる人もいるんだろうな。

朝日社説「原爆の日が、まためぐってきた。6日に広島、9日に長崎へ原爆が落とされ、62年がたつ。今年の被爆地は昨年までとは、いささか様相が異なる。長崎県出身で防衛相だった久間章生氏が原爆投下について「しょうがない」と述べたことが、さまざまなかたちで影を落としているのだ。」
http://www.asahi.com/paper/editorial.html

「原子爆弾を炸裂(さくれつ)させた時、ひとは神さまを捨てて、みんな虫になってしまったのだとわたしは思います」被爆2世である芥川賞作家の青来有一氏は、小説「爆心」で、長崎の被爆者の心境をこうつづっている。

「天災ならまだしも、心のある人間が、これほどの大量殺人を犯すわけがない。まして、原爆が落とされたのは、長崎市でもキリスト教徒の多い浦上地区だった。自分たちと同じ信仰を持つ米国人が、そんな無慈悲なことをするとは信じられない。人間ではなく、きっと虫になってしまったのだ。そんなあきらめにも似た思いが伝わってくる。」

虫になった。虫になった。すごく心に響く言い方だ。

読売新聞「広島はきょう6日、長崎は9日に被爆の日を迎える。両市は毎年、この日に平和式典を開き、被爆体験の継承と、人道に反する核の廃絶を訴えてきた。しかし、世界はいまだに核の恐怖の下にある。昨年10月、核実験を強行した北朝鮮は、日本にとって最大の脅威だ。核廃棄を迫る6か国協議でも、それを実行させる道筋は不透明なままだ。イランの核開発についても疑惑が増している。」
http://www.yomiuri.co.jp/editorial/news/20070805ig90.htm

オイラはどんな武器であっても殺し合いをする戦争ほど愚かなことはないと思っているし、そう教育されてきた。でもそれを裏付けるための心の教育はおろそかにされていると感じる。オイラの中学の時の担任の先生はそれについて熱心に語ってくれたのを覚えている。

でも現実には、自爆テロのような悲惨な事件は毎日のように起こっている。何故人は殺し合いをするのか?宿命なのか?勝った者だけが勝ち誇り弱いものは駆逐されて当然だという風潮があまりにもまかり通っている。こんな風潮の中で学んできたオイラたちは心を曲げられてはいないか?人間としての生き方を間違っていないか?そう問いかけることも必要だと思う。
posted by すぐ落ちます at 18:22| 東京 ☀| Comment(0) | TrackBack(0) | 歴史 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2007年06月23日

沖縄慰霊の日

同じ国の新聞でも主義主張が180度異なることがよくある。今朝の朝日と産経の社説には主張の違いが見事に表れている。今日のお題は「沖縄戦」の記録。太平洋戦争末期、沖縄での悲惨な集団自決。これに対する旧日本軍の関与をめぐって論議が起きた。取っ掛かりは歴史の教科書検定。

以前硫黄島での死闘について書いた。オイラも調べてゆくうちに色々なサイトに出会い、涙がこぼれた。オイラみたいに自由な時代に生まれたことを感謝した。今回は沖縄。沖縄でも悲惨な話が多く語り継がれている。多くの犠牲の上にオイラたちは生きている。忘れちゃいけなって思うよな。

朝日社説「沖縄では一斉に反発が起きた。各地の市町村議会に続き、県議会でも検定の撤回を求める意見書が全会一致で可決された。意見書は「日本軍による関与なしに起こり得なかった」と主張する。保守、革新を問わず、憤ったのはなぜか。集団自決が日本軍に強いられたものであることは、沖縄では疑いようのない事実とされてきたからだろう。」
http://www.asahi.com/paper/editorial.html

これは推測的な記事なんだけど、生き証人(Living Proof)が大勢いる沖縄では当然の認識なんだな。集団自決は旧日本軍の関与なしには有り得なかったっていう認識になるよな。続いて読んでみると当時の壮絶な窮鼠状態がよく理解できる。

「子どもから老人まで駆り出された住民は、食糧や弾薬の運搬などだけでなく、戦闘員として敵に突入を命じられた。陣地の構築にも動員されたため、住民は軍事機密である日本軍の配置まで知ることになった。そこで日本軍は住民が捕虜になることを許さず、「敵に投降するものはスパイとみなして射殺する」と警告し、実行していった。一方で、「鬼畜米英」軍に捕らえられたら、女性は辱めを受け、男性は残忍な方法で殺される。日本軍はそう住民に信じ込ませた。」(朝日社説抜粋)

一方、産経の記事は教科書検定の方針に徹しろと主張する。

産経社説「沖縄県議会で、教科書の沖縄戦集団自決に関する記述に付けられた検定意見の撤回を求める意見書が、全会一致で採択された。県議会で与党最大会派の自民党までもが国の検定方針に異を唱えたことは残念であり、沖縄県の特異な政治状況をうかがわせる。意見書は「集団自決は日本軍の関与なしに起こり得なかった」「教科書記述の削除・修正は体験者による数多くの証言を否定しようとするものだ」などとしている。しかし、文科省の検定意見は、日本軍の命令によって住民が集団自決を強いられたとする誤った記述に対して付けられたものだ。軍の関与や体験者の証言を否定しようとはしていない。」
http://www.sankei.co.jp/ronsetsu/shucho/070623/shc070623000.htm

言い切っちゃってるね。全面否定はしないけど教科書の記述としては裏づけが薄いっていう認識なんだろうな。こーゆーのって左翼だ右翼だってのが大きくからんでいるんだろうけどさ、オイラたち若者にとってはこんな悲惨な戦争は二度と繰り返してはいけないってゆーことだけなんだよ。日教組も右翼団体も関係ないんだよ。

だけど沖縄で戦火に見舞われた人たちの感情的な問題は残るよな。本土は何もしてくれなかった、今でもそうだっていう感情は大きいだろうな。国は認めることによって遺族補償裁判に発展するのを恐れているんだろうか?そんな陳腐なことはいわないだろうけどな。事実は様々だとオイラは思うよ。集団自決を指示した軍人もいただろう。いやそれはいけない生きようって励ました軍人もいたはずだ。100%言い切ることなんてできっこない。

国の判断は大きく国民の運命を左右する。翻弄され続けた沖縄の人たちは今も十字架を背負って生きている。歴史を正視することで見えてくることもある。こんなひどいこともあった、でも一方ではこんないい話もあった。それが事実だと思う。歴史を一元的に決めつけることこそ横暴だと思うぜ。今日沖縄戦の慰霊祭だそうだ。改めて冥福を願うとともにこの国の行き先を見守ってほしい。

でもなんだなあ。やっぱ社説は何社か読まないと洗脳されちまうな。
posted by すぐ落ちます at 11:24| 東京 ☀| Comment(0) | TrackBack(1) | 歴史 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

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